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アルパ練習法

“通る”とは何か — まずは甲に通すことから

“通る”とは何か — まずは甲に通すことから

前回は「親指のねじれ」について書きました。

でも実は、そのねじれは親指だけの問題ではないことが多いのです。

そもそも、手首の段階でねじれていないでしょうか。


■ 手首のねじれがすべてを止める

よくあるのがこの2つの形です。

①手首が内側に折れると、エネルギーが止まる


②反ると通り道がねじれる

OK 甲に真っ直ぐ通ると、自然に抜ける

甲に向かって真っ直ぐエネルギーが通る角度で“置く”こと

この角度に置けると、

• 関節が自然に開く

• 無理に力を使わなくても音が鳴る

• 指が軽くなるという変化が起きます。

ここで大事なのは、弾き方ではなく“置き方”で決まるということです。

■ 「通る」とは何か

“通る”という言葉は、

エネルギーが滞らないこと

という状態を表すために使っています。

• 指先で止めない• 関節で受け止めない• 手の中で詰まらない

その結果として、甲や腕の方向へ自然に抜けていく

これが「通る」という状態です。

指が思ったように動かない、違和感があるという方は

指を直す前に、通る角度に置けているか

ここを見直すだけで、演奏は大きく変わるかもしれません。

親指の疲れは「力み」だけが原因?

親指の疲れは「力み」だけが原因?

― ねじれに気づいて楽になった話 ―

アルパを弾く人に

「どこが一番疲れますか?」と聞くと、

親指と答える人はとても多いです。

実際、腱鞘炎などのトラブルも

親指で起きることが一番多いように感じます。

親指が疲れると、多くの人は

• 力み

• 押し込み

• 脱力不足

などを原因として考えます。

もちろんそれもありますが、

もう一つ見落とされやすい原因があります。

それが

親指の「ねじれ」です。

親指は構造上、付け根で回旋しやすい指です。

そのため、

• 押し込んでいない

• 力んでいない

• フォーム普通

見た目には普通に弾けていても

少しねじれているだけで

• 指が詰まる

• 次の音に行きにくい

• 指が疲れやすい

内部では

小さい回旋ストレスが繰り返される

私自身も、

なんだか親指が素直に出ないな、 

と感じることがありました。

そこで、わずかなねじれを感じて

「ねじれない角度=関節の自然方向」

を優先して弾くようにしたところ

親指だけでなく他の指も楽になる

という変化がありました。

親指のトラブルは

必ずしも

力みや押し込みだけが原因ではありません。

もし親指に違和感や疲れを感じるときは

「ねじれていないか」

を一度チェックしてみるのも

ひとつのヒントになるかもしれません。

押し込みと「押す(圧)」は違う 〜アルパは触れるだけでは鳴らない〜

押し込みと「押す(圧)」は違う
〜アルパは触れるだけでは鳴らない〜


前々回のコラムでは、避けたいフォームのひとつとして

「押し込み型」について書きました。

弦を下に押し込むように弾くと、音は固くなり、

流れも止まってしまうからです。

しかしここで、ひとつ大切なことがあります。

押し込みと、押すこと(圧)は違う

ということです。



押し込みとは、弦を下方向に押し込み、エネルギーを弦の中で止めてしまう動きです。

この状態では

・音が固くなる

・流れが止まる

・次の音へつながらない

という問題が起きます。



一方で、演奏の中には弦にほんの少しがかかる瞬間があります。

この圧は、弦を止めるものではなく、弦を通るための圧です。

弦に触れた瞬間、ほんの少し圧がかかることで弦は押し返し、その反動が音を立ち上げ、次の音へと流れていきます。



アルパは
触れるだけでは鳴りません。

弦に触れたとき、わずかな圧が生まれることで弦は振動し、

音が立ち上がります。

押し込んではいないけれど、弦の反動を生むだけの圧は自然に存在しています。



アルパの音は、押して作るものではありません。
でも、
触れるだけでも鳴りません。

押し込まず、しかし触れるだけでもない。

その間にあるわずかな圧が、アルパの音を生みます。

大切なのは、押すことではなくエネルギーが止まらず通ることなのです。

脱力の罠 ―「力を抜けば良くなる」は本当か―

脱力の罠

―「力を抜けば良くなる」は本当か―

演奏がうまくいかないとき、多くの人が最初に疑うのは「力み」です。

「力んでいるのかもしれない」
「もっと脱力しよう」

確かに、過剰な緊張は音を固くします。
しかし、それでも良くならないことがあります。

力を抜いても、

・音が浅い
・アーチが崩れる
・流れが途切れる
・フラフラする

そして最終的に、

フラフラなのにガチガチという状態が起こる。 

これは「力み」の問題ではありません。

問題は、

エネルギーが通っていないことです。

力を抜くと、支えも同時に失われることがあります。

支えがなくなると、身体は無意識に別の場所を固めて安定を作ろうとします。

その結果、

・指先は軽いのに
・手の中は緊張する

という矛盾が生まれます。

これが「フラフラなのにガチガチ」の正体です。

脱力は目的ではない

脱力は結果です。

流れが通れば、
余計な緊張は自然に消えます。

逆に、

流れがないまま脱力を目指すと、
構造が崩れます。

本当に必要なのは、

「力を抜くこと」ではなく、

止めないこと。

力を抜く前に、

その力は

“滞っているか・流れている”かを、

感じてみると良いかもしれません。

“型の違い”を尊重するということ ー 押し込み型は避けたい理由 ー

“型”の違いを尊重するということ ー 押し込み型は避けたい理由 ー


パラグアイアルパのレッスンでは、

「先生の手を見て、そのまま真似る」という学び方が基本になります。

この方法で、すっと感覚を掴める方もいれば、

なかなかうまくいかない方もいます。


私は日本で教える中で、

“見て真似る”だけでは上達しにくいタイプの方もいる

ということを、何度も感じてきました。


そこで、感覚だけに頼るのではなく、

何が起きているのかをできるだけ言語化して伝えられないか。

そう考えながら、これまで多くの方の手の動きや音の出方を観察してきました。

その中で、アルパの弾き方にはいくつかの“型”のようなものがあり、

人によって自然に選ばれている型が違うのではないか、

と感じるようになりました。



<型の違いは、優劣ではありません>

私の感覚では、アルパの弾き方には大きく分けて、

• 弦の反動に乗って音を作る「反動型」

• 形の再現性を大切にして安定した音を作る「固定型」

• 横方向に流すことで音をつなぐ「流し型」


といったタイプがあるように思います。

これらは、どれが正解・不正解という話ではなく、

音楽の作り方の“思想の違いのようなものです。

なお、これらの分類は、アルパの奏法として

一般に体系化されているものではなく、

私自身が多くの演奏やレッスンの現場を見ながら、

便宜的に分けている整理です。



<ただし、「押し込み型」だけは避けたい>

一方で、私はどうしても避けたい弾き方があります。

それが、弦を押し込むように弾く“押し込み型”です。

押し込み型は、一瞬は音量が大きく出るため、

「よく鳴っている」ように感じられることがあります。

しかし実際には、

• 音が伸びず、硬く痛い印象になりやすい

• 弦の反動が殺され、音が前に飛びにくい

• 指や関節に負担がかかり、故障につながりやすい

といった問題を抱えています。

音楽的にも、身体的にも、長く続けるには

リスクが大きい弾き方だと感じています。

そのため私は、型の違いは尊重しつつも、

押し込み型だけは、できるだけ避ける方向へ導きたい

と考えています。



<型は「育つもの」でもある>

反動型・固定型・流し型は、その人の身体の癖、音の好み、

これまで出会ってきた先生や楽器によって、

自然に形作られていくものです。

無理に別の型へ変える必要はありません

ただし、

• 音が苦しそう

• 速くなると詰まる

• 指や手首に違和感や痛みが出る

• 音が響かない


といったサインがある場合、

今の型がその人の身体や楽器に合っていない可能性もあります。

そのときに、別の“型の考え方”をそっと提示できることが、

指導者としての役割なのではないかと感じています。

<おわりに>

アルパの弾き方には、ひとつの正解があるわけではありません。

けれど同時に、

身体を壊したり、音の可能性を狭めてしまう弾き方は、できるだけ避けたい。

型の違いを尊重しながら、音楽としても、身体としても、

無理のない道を一緒に探していけたらと思っています。

パラグアイでアルパを学ぶ意味

パラグアイに行くと、

「何曲新しい曲を覚えられるか」

「どれくらいレパートリーを増やせるか」

ということを目標にする人も少なくありません。

けれど、正直に言うと、

“曲を覚える”だけなら、いまの時代は日本にいても十分にできます。

YouTubeにはたくさんの演奏動画があり、

耳コピもできますし、手元の動きも目で追えます。

日本で先生に習えば、ドレミを言ってもらえますし、

弾き方のコツも言葉で丁寧に教えてもらえます。

効率だけを考えるなら、その方が早い場面も多いでしょう。

実際、パラグアイの先生たちは

「見て、聞いて、覚える」というスタイルが基本です。

音名や弾き方を細かく言ってくれることはほとんどなく、最初は戸惑う人も多いと思います。

それでも、私がパラグアイへ行く意味があると思っているのは、

曲を覚えるためではありません。

生の演奏を“浴びる”こと

現地の奏者の演奏を、

動画ではなく「生」で浴びる。

その体験は、まったく別物です。

音の大きさや柔らかさ、

流れや響きの方向、

身体の使い方、

呼吸のリズム、

間の取り方。

そういったものは、

映像や言葉では、どうしても一部しか伝わりません。

けれど、同じ空間で見て聴いていると、

ある瞬間ふっと、

身体の奥が目を覚ますような感覚が起きることがあります。

「あ、こういう響きなんだ」

「こういう流れなんだ」

と、頭で理解する前に、

身体のほうが先に反応してしまう。

私は、これこそが

パラグアイで学ぶ一番の意味だと思っています。

技術ではなく、“感覚の種”を持ち帰る。

現地で得られるのは、

完成した技術や、すぐに再現できる答えではありません。

けれど代わりに、

身体の中に残る“感覚の種”を持ち帰ることができます。

その種は、日本に戻ってからの練習の中で、

ある日ふと芽を出します🌱

動画を見ているだけでは気づかなかったこと、

今まで何度も注意されてきたのに

腑に落ちなかったことが、

突然つながる瞬間が来る。

それは、「曲を何曲覚えたか」では測れない学びです。

何曲覚えたか、ではなく

パラグアイでの学びは、

“成果”がすぐに数字で見えるものではありません。

けれど、

演奏の質や、音の感じ方、

身体の使い方の根っこに、

静かに影響し続けます。

だから私は、

「何曲覚えられたか」ではなく、

「本場の音を、生で浴びて

自分の身体が、何に反応したか」

そこを大切にしてほしいと思っています。

良い楽器は良い先生


前回のコラムでは「楽器のテンションが変わることで、

フォームや指を壊してしまうことがある」

という少し警鐘的なお話を書きました。

今回は逆に、

良い楽器は、良い先生になってくれる

というお話です。

今回、パラグアイで新しいアルパに触れたとき、

私は「テンションが高い」とは感じませんでした。

ただ、「反応がいいな」と感じただけでした。

ところが、日本に戻って別の楽器に持ち替えた瞬間、

「あれ?」と違和感を覚えました。

そこで初めて、

自分が弦の反動を感じながら弾いていたことに気づいたのです。

テンションがやや高めの楽器は、

弦の反動がはっきり返ってきます。

そのため、フォームが合っていないとすぐに弾きにくくなり、

逆に、弦の動きに逆らわずに弾けていると、自然と指が運ばれていきます。

私はそのとき、「アルパは押す楽器ではなく、

返ってきた反動に乗る楽器なのだな」と感じました。

反動に逆らわず、返りに“乗る”ように弾けているときは、

関節は柔らかく動いているのに、不思議とフラフラせず、

安定した感触になります。

良い楽器は、この「逆らっているか、乗れているか」を

とても正直に教えてくれます。

うまく弾けているときは、弦の方から

「こっちだよ」と道を示してくれるように感じることもあります。

楽器は、ただ音を出すための道具ではなく、

自分の弾き方を映してくれる“鏡”であり、

ときにはフォームの間違いを教えてくれる“先生”にもなります。

だからこそ、

楽器選びはとても大切ですし、

良い楽器と出会えたときは、

ぜひその反応に耳を傾けてみてください。

楽器は、

言葉では何も教えてくれませんが、弦の反動や弾き心地を通して、

いつもたくさんのヒントをくれています。

楽器を替えて指を壊す人の共通点

パラグアイから戻り、新しいアルパに持ち替えました。今回の楽器は、同じエル・レイのアルパでも、テンションが少し高めの個体でした。(すべてのエル・レイがテンションが高い、という意味ではありません)


 テンションの高い楽器に触れたとき、ふと、過去に「楽器を替えた後に指を壊してしまった人」たちのことを思い出しました。
あのときは、「たまたま相性が悪かったのかな」「無理をしてしまったのかな」くらいにしか考えていなかったのですが、今回、自分がテンションの高い楽器と向き合ってみて、そこにははっきりとした“構造的な落とし穴”があるのだと感じました。
楽器が変わっただけなのに、それまで問題なく弾けていたフォームが通用しなくなる。そして、その違和感を“力”で埋めようとしたとき、音より先に、指や関節のほうが悲鳴をあげてしまう。
これは特定の工房や楽器の問題ではなく、楽器の個体差と、弾き手のフォームとの組み合わせの問題だと思います。楽器を替える予定のある方や、楽器を替えた後に調子が悪くなってしまった方、これからテンションの高い楽器に触れる方にとって、少しでも参考になればと思い、自分の実感をもとに書き残してみることにしました。


 ① 前の楽器と同じ「出力」を出そうとしてしまう

 新しい楽器に持ち替えたとき、多くの方が最初に感じるのは「思ったより鳴らない」という違和感かもしれません。
そのとき、無意識のうちに起こりやすいのが、前の楽器と同じ感覚で音量を出そうとしてしまうことです。「あれ?鳴りにくい?」と感じた瞬間、指は自然と力を足しにいってしまいます。
しかし、テンションの高い楽器は、出力を上げることで鳴らす楽器ではありません。むしろ、方向が合ったときに素直に鳴ってくれる楽器です。
音量で何とかしようとすると、音よりも先に、指・関節・腱に負担がかかっていきます。

 ② 「鳴らす=押す」になってしまう

 音が思うように出ないとき、多くの方は「もっと鳴らそう」と考えます。その結果、無意識のうちに指を深く入れたり、強く押し込んだりして、弦に“噛ませる”ような動きになってしまうことがあります。
これは、「鳴らす=押す」という感覚が身体に染みついている状態です。
ですが、テンションの高い楽器は、押せば鳴る構造にはなっていません。むしろ、押した瞬間に流れが止まり、反発を指で受け止めてしまいます。
この状態が続くと、腱鞘炎、爪のトラブル、関節の痛み、指の痺れなど、身体の方が先に悲鳴をあげてしまうことがあります。


 ③ テンションを「筋トレ」だと勘違いしてしまう

 「テンションの高い楽器で練習すれば、指が強くなる」そう感じる方も少なくありません。
たしかに、テンションの高い楽器で練習することで育つものはあります。ただし、それは筋力ではなく、方向の精度です。
力でねじ伏せるような弾き方を続けてしまうと、指は強くなるどころか、本来の“使い方”が少しずつ崩れていってしまいます。
テンションの高い楽器は、指を鍛えるための道具ではなく、方向のズレを教えてくれる鏡のような存在なのだと思います。


🌼今回は、テンションの高い楽器に持ち替えたときに起こりやすい「指を痛めてしまう落とし穴」について書きました。
ただ、テンションの高い楽器は、決して“怖い楽器”でも“危険な楽器”でもありません。むしろ、使い方が合えば、自分のフォームのズレや方向を、とても正直に教えてくれる存在だと感じています。


🌼次回は、「良い楽器は良い先生」というテーマで、新しい楽器とどう向き合えばよいのか、実際に自分が感じたことをもとに、“解決策”のヒントをいくつか書いてみようと思います。